新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延で中国では医療関係者が追い込まれている。20代の若い医者が妻を遺して亡くなったことも報じられ、ウイルスが増殖する空間で過労に見舞われる医療従事者の危険な立場を改めて示した。報道によれば、北京などでは医療従事者を守るために、他の疾病の患者などの受け入れを停止しているところがあるという。
肺炎は恐ろしい病気であるし、COVID-19によらずとも多くの高齢者の直接の死因となっている。けれども、今回命が脅かされているのは肺炎患者ばかりではない。医療が崩壊すれば、その他の疾病を持っている人でも救える命が救われない状況が出てくるからだ。
危機管理の当否については、危機が去ってからでなければデータも積みあがらないし、冷静に議論をするのは難しいだろう。けれども、中国の経験が日本の糧になる部分もあるだろうから、まずは中国政府の対応から学ぶべき教訓について振り返っておきたい。
中国は初動対応を誤った
中国は、COVID-19の発生初期に初動対応を誤った。湖北省の武漢で新たな伝染病が広まっていることに警鐘を鳴らした人びとを当局が逮捕し、言論統制を行った。私は、ネットやSNSで、武漢の肺炎に関する情報や当局による逮捕の情報がちらほらと出ていた時期を覚えている。その後、世界は米イランの一触即発の状況に目が釘付けになっていたためにさほど注目は集まらなかったが、1月半ばからはいよいよ状況が変化してきた。
中国政府は、はじめ状況の把握に失敗し、言論監視の厳しい国でありながら公衆衛生上危機的な状況を示す情報を早期にキャッチして舵を切ることができなかった。逮捕されたうちの一人である専門家の李文亮氏はのちに新型肺炎で死亡し、中国政府に対する批判は否が応でも高まることになる。
はじめに疑問視されたのは、武漢市の当局の初動対応だった。当局が適切な対応を図れなかった裏には、政治的な思惑や事情があったのではないかと指摘されている。ひとつの理由は、全人代の前に行われる湖北省人民代表会議をはじめとした会議や大規模イベントに影響を与えたくなかったために問題を報告したくなかった、というもの。もうひとつの理由は、習近平政権になって中央の党勢力が強まった結果として萎縮や忖度が進んだという中央-地方関係の構図そのものだ。
中国政府は初動対応が遅れたので、その後、真逆の方向へ舵を切る。内外の批判や風評被害を恐れて武漢閉鎖と病人の隔離を徹底したのだ。しかし、もともとキャパシティの追い付かない所へ次々と隔離や病院への搬送を行った結果として、限られた医療リソースが崩壊する。人体や動物から離れては生きられないウイルスの量を爆発的に増殖させやすい環境を作ってしまったとも言いかえることができる。そのため、かえって武漢を中心に、死者数と患者数が爆発的に増えたのではないかと専門家は考えているようだ。
陰謀論や恐怖症の広がり
今回の新型肺炎では、中国の対応とはまた別に、多くの副次的な被害が生まれていることにも目を向けなければならない。
中国は風評被害や経済へのダメージを最小化するために必死だった。WHOの専門家と連携し、厳しい封じ込めの処置を取り、海外への団体旅行を禁止した。しかし、すでにBBCやニューヨーク・タイムズ紙なども報じ始めているように、中国人やアジア人に対する差別的な言動の事案が報告されている。また、ウォール・ストリート・ジャーナルのような経済紙には、米中貿易戦争を念頭に、中国からの生産拠点の流出や投資の低下を期待する論調まで散見される。さらには、米連邦議会の上院議員がCOVID-19は武漢ウイルス研究所から流出した「兵器」ではないかという疑いを口にしたりしている。この「兵器流出」説は、実際には根拠のない推測に基づくものであるが、風説が流布したことを重く見て、グローバルな専門家集団がゲノム解析の結果、新型コロナウイルスは動物由来のものであり、人為的な手は加えられていないとして、風説を完全否定する声明を発表している。
新型肺炎という誰でもかかりうる病気を米中貿易戦争と結び付けて政治利用しようとする態度には呆れるほかないが、そうした思惑とは無関係の人も、うわさが流布すれば心配になるのは当然だろう。ただし、新型インフルエンザ、つまり北米発症の豚インフルエンザが流行した2009年には、パニックは起きたものの、ここまでの陰謀論は発生しなかった。つまり、今回の噂が広まった裏にはやはり中国恐怖症の存在が窺えるし、人種差別的な言動が増えているのも、中国人にたいしてもともと抱いていたイメージが噴出しているのだと見た方がよいだろう。
中国恐怖症の結果としてチャイナリスクが過剰に見積られ、リスクの感覚は、容易に恐怖へと変異する。この恐怖こそ、人類史において数々の戦争を引き起こしてきた要素なのである。
習近平政権の今後
さて、中国では全人代(全国人民代表大会)の開催延期が決まった。中国経済は新型肺炎によって大打撃を受ける見通しで、共産党幹部や各当局はまさに被害拡大防止のための対応と、経済的損害の最小化に向けて動いているところだろう。
中国のような巨大国家を統治するうえでは、中央が方針を示したうえで各政府機関や地方政府、国有企業などが切磋琢磨する必要がある。しかし、上で述べたように、そうした「中央の意思」への忖度なるものが不祥事の発覚を阻んでしまったと指摘されている。結果、中国は新型肺炎の初期の封じ込めに失敗し、国際的信用が傷つくとともに、経済に手痛いダメージを蒙ることになった。
しかし、習近平政権が窮地に追い込まれたという見方は間違っている。中央集権強化が裏目に出たからといって、中央集権を見直す改革が行われるとも思わない。むしろ今後、中央からの締め付けは強化されるだろうし、習近平政権の盤石さは増すのではないか。
習近平政権の安定は、「反腐敗」の政治闘争を通じて潜在的対抗者を排除していくあくなき権力強化のプロセスと、持続的な経済成長の二つの土台の上に成り立っていると言われる。新型肺炎とそれにまつわる失策によって持続的な経済成長が損なわれれば、政権の安定が損なわれ、ライバルも出現しやすくなると考える向きはあるだろう。
しかし、各国が中国恐怖症に基づく反応と渡航拒否に走ったことによって、かえって中国政府はナショナリズムを強化して対応する道を見出しやすくなった。持続的な経済成長も、感染症と適切に戦うことも大事だが、危機の時にこそ中央集権が強められるという政権維持のロジックだ。
だから、今年、中国の経済成長が大幅に減速しても習近平政権の安定は損なわれないだろう。中国は、新型肺炎にまつわる状況を国家的な難局と位置付けて行動するだろうと思うからだ。中国は各国の中国恐怖症を読み取り、それを中国の繁栄を阻むための「壮大な陰謀」であると解釈するだろう。国民や各組織は一致団結し、中央が統制を強化する。
さらに強力な統制力を持つ政権へ
新型肺炎の流行が終わってみれば、習近平政権はさらに強力な統制力を持つ政権となっているのではないか。COVID-19による新型肺炎は、米中貿易戦争、香港デモにつづく、「海外勢力の陰謀」に由来する中国の国難であると位置づけられるだろう。それは必ずしも真実であるとはいえない一面的な見方なのだが、とりわけ米欧に見られる皮膚感覚的な意味での中国恐怖症が、中国人の被害者としての自意識を丸ごと証明してあげているようなものだ。
中国は、植民地主義の被害者としても自らを位置づけている。その物語の上に、今回の新型肺炎は記憶されるだろう。結果的に、中国の「国難」は、中国だけにはとどまらず、私たちに振り返ってくる。
日本にできることは、内なるCOVID-19との戦いに注力しつつ、しっかりとしたフェアで人道的な見地に立ちつづけることくらいだろう。
【執筆:国際政治学者 三浦瑠麗】
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February 25, 2020 at 11:45AM
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