
パンデミックのいまこそ、自主隔離で会えないからこそ、友達や家族とゆっくり電話しようだって? ずいぶん会ってないあの人に、思い切ってかけてみようだって?──でも、電話が苦手な人はどうすりゃいいの? 「電話恐怖症」の記者が、不安障害の専門家のアドバイスをもとに、克服にチャレンジ!
電話が鳴るとパニックになる。着信音を聞くとドキッとする。車のクラクションやパトカーのサイレン、ガラスの割れる音を聞いたときと同じだ。
世界ではもっと大変なことが起きているのは百も承知だ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって、いま多くの人々が自己隔離を余儀なくされている。経済も崩壊しつつある。先行きも見えない。国家も危機を迎えている。
だが日常に目を転じれば、ソーシャル・ディスタンシング(「社会的距離」戦略)によって電話をする時間が増えることは間違いない。
だが、私の場合はもっとひどい。以下がその証拠。
1: 月に5回ほどしか自分から電話をかけることがないので、iPhoneから電話アプリのアイコンを削除した。
2: 電話がかかってきても留守電に切り替えることが多いので、あるとき友人たちがいっせいに“鬼電”の猛攻撃をしかけてきて、ガードを崩そうとしたことがある。私が出るまで10人でかわりばんこに電話をかけてきたのだ。
3: 妹の誕生日に電話したら「前に電話してきたの去年の誕生日なんだけど覚えてる?」と言われた。
仕事でも取材相手や編集者に電話をかけるのが怖い。もう何年も自分の電話恐怖症をネタにしてきたが(ちょっと変わってるんです、てへぺろ)、最近はこれを不安障害と認識するようになった。
だが不安障害は治療可能だ。不安を克服するために「暴露療法」を試してみてもいい。数週間前、私は米ネブラスカ大学リンカーン校不安障害クリニックの院長で『Managing Social Anxiety(社交不安を克服する)』の共著者であるデブラ・ホープ博士に連絡を取った。博士は電話が得意になる特別な治療法があるわけではないことを断ったうえで、一般的な指針を教えてくれた。
「なぜそんなに恐いのか」、考えたことあります?
社交不安障害を抱える患者を治療するにあたって、彼女はまず「認知再構成法(cognitive restructuring)」と呼ばれる作業を行う。恐怖症について自分が持っている考えに注意を向けることで、「自動思考(automatic thoughts)」が生じるのを待つ。
ホープ博士はこんな例を挙げる。たとえば仕事の電話に不安があるとしよう。「電話中に言葉に詰まったら無能だと思われる」と考えるかもしれない。一度そうした思考を認めたら、その論理的な誤りを探せと、博士は言う。こうしたときに人は「破局化(catastrophizing)」と呼ばれる認知バイアスに陥っている可能性が大きいため、まずは前提を疑うべきだ、と。
そこでこう問うてみよう──「無能だと思われるのは100%確実なのか?」
そして次は、破局化に対して反論するのだ。たとえば、「ちょっと言葉に詰まったところで完全に無能だなんてことにはならない」みたいに。
こうしてちょっと許容するだけでも、不安は軽減する。ここまできたら、それを一言で言ってみよう──「言葉に詰まったって無能だなんて思われない」といった具合に。
ホープ博士はそれを付箋に書いてデスクに貼り、それを見ながら電話することを勧めている。言葉に詰まったって無能だなんて思われないのだ。
「どっちが得か」、わかってますよね?
私の電話恐怖症の原因のひとつは不安で、もうひとつはただの怠け癖だ。電話するのが面倒に感じられるのだ。こうした怠惰な発想をなんとかするには、サッと電話の「費用便益分析」をしてみるのが役立つ。そうすれば多くの場合、利益がコストを上回るのがわかるだろうと、博士は話す。
たとえば、クライアントになりそうな相手に営業の電話をかけるのが怖いとしよう。そんなときは電話をかけなければならない理由を思い出すのだ。その顧客を獲得したくはないか。もっといい収入を得たいと思わないか。お金は嫌いか……。目的にフォーカスするのだ。
「歯医者と同じ。行きたくなくても、歯が抜けるのは嫌でしょう」
ここで、「暴露療法」の出番だ。この方法には2種類のアプローチがある。ひとつは“いちかばちか”最初に最大の恐怖と対面してみるもの。もうひとつは徐々により大きな不安へと、“初級”から“中級〜上級”へとレベルを上げていくものだ。
私は後者を選ぶ。それではやってみよう。
3日間の初級編:「ハッピーアワーは4時〜6時」
電話に慣れていく方法は人によって異なる。ホープ博士によると、自分から電話をかけるのはわりと簡単でも長い会話になると苦戦する人がいるという。反対に、私は一度はずみがつけば大丈夫なのだが、そもそもの電話をかける(あるいは受ける)行為を前にしてパニックになってしまう。
まず出だしの、あの気まずい間でつまずいてしまう。どちらから先に話しはじめればいいのかがわからない。電話口で話を切り出すのが苦手なのだ。たとえば「元気にしてる?」と「調子はどう?」で迷ったあげく「調子にしてる?」なんて口走ってしまいかねない。
こんなふうに電話をかけられない状態から抜け出すために、博士は短くて簡単な用件の電話や、なんなら嘘の用件でもいいから、とにかくかけまくることを勧めている。
「歯医者にかけて、何時までやっているか訊くだけでもいいんです」と彼女は提案する。(ただし、これはソーシャル・ディスタンシングが始まる以前の話だ。)
私の場合、バーから始めた。アイリッシュパブにハッピーアワーがあるかどうか知りたかったので、(ネットで検索すればいいのはわかっていたが)あの恐ろしい「発信」ボタンを押して(すごい進歩だ!)、いつもどおり胃がキューなった。
「あ、もしもし。ちょっとお訊きしたいんですが」──出だしは好調だ。言葉に詰まったって無能だなんて思われるわけがない。言葉に詰まったって無能だなんて思われるわけないが、正直に言って、かなり無能っぽい。私は続けた──「ハ、えっと、ハッピーアワーって何時から何時までですか?」
「4時から6時までですね」
「あ、ありがとうございます!」
「はーい。よろしくお願いしまーす」
思ったほど難しくなかった。私は完全に無能なわけではない。はずみがついた私は、宅配ピザをアプリの代わりに電話で注文した。それから、テニス場にかけて料金を訊いたり、コワーキングスペースにかけて会員システムについて尋ねたりした。
その後の数日間は、時計の針をインターネット以前の1997年に戻したような感じで、映画案内に電話をかけて上映時間を訊きそうになったけど、それはやめておいた。でも薬局に電話をかけた。おまけに、いい感じの“初デート”をした翌日、彼女へメッセージを打つ代わりに電話しちゃった。(嘘、冗談です。振られたくないんで。)
4日間の中級編:「相手が目の前でコンニチハ」
いちばんの天敵である「電話で近況報告」にはまだ早いかな。そこで次はふたつのことに集中した。すなわち、友達や家族に電話すること、それから電話が鳴ったら出ることだ。
10分でも時間があればチャンスだと思って電話してみた。短い電話のなかで友人と選挙について熱く語った。いつもはポッドキャストを聞きながら帰宅するところを、誕生日の友達にお祝いの電話をかけた。
別の友人から夕食会の相談メッセージが届いたので、(場所や時間、料理、誰を誘うかなど)詳細を詰めたほうがいいと思って、すぐ電話をかけた。おかげで本当に時間を節約できた。
いつもは電話がかかってきたら“安全装置”が働いて留守電に切り替えるところだ。だが今日は違う! 電話が鳴ったら、タイミングが悪くても必ず出るように努力した。電話に出て「ごめん、いまちょっと忙しくて。あとでかけなおしていい?」と伝えるのは拍子抜けするほど簡単だった。(わかってる。みんな、そんなこととっくの昔に知ってるってことくらいわかってる。私は飲み込みに時間がかかるのだ。)
友人から電話がかかってきたら、偶然カフェで居合わせたんだって考えてみた。そう想像すると、彼女に会えてとても嬉しかった。びくびくしながらメニューで顔を隠し、“見て見ぬふり”なんてしないだろう。なら、どうして電話でも同じ対応をせずにいられるだろうか(いや、これは人として当然のふるまいだ)。
だから、電話が鳴るたびに、相手が自分の目の前で「こんにちは」と手を振っているのを想像し、「こら、応えないのは失礼だぞ」と自分に言い聞かせた。
3日間の上級編:「あらかじめ脳内カレンダー」
私が最も恐いのは、「ひさびさの電話で近況報告」だ。友人と話すのが嫌だからじゃない。むしろ好きだ。人生で最も楽しいことのひとつだ。本当にそう思う。
だけど、前に話をしてから時間が空きすぎたが申し訳ないのと、沈黙を破るのが怖いのだ。時間が経てば経つほど電話をかけるのが億劫になり、そうこうしているうちにまた時間が経つ……という悪循環に陥ってしまう。(仲が悪いとかじゃなくって、私の不安のせいだ。)
親友のエヴァンとは、アイスランドにアイスクライミングに行って以来、2年近く連絡をとっていない。そろそろ電話しようと思ってから、はや数ヵ月が経つ。
初級と中級をクリアして“中だるみ”で重たくなった腰を上げ、金曜日の夕方、メッセージも入れずにいきなり電話アプリをタップした。アプリのアイコンもすっかりiPhoneのホーム画面に復活している。
「おー、元気してた?」
まるで昨日も話したみたいに、彼はそう言った。そしてすぐに元の気楽な関係に戻った。いったい何を恐れていたんだろう? それから私は次々と連絡をとっていなかった友人に電話をかけていった。
「電話デート」もするようになった。その日の夕方になって、自然と空いた時間に近況報告の電話をするのは難しいかもしれないが(私の場合、週によって恥ずかしいほど暇してるけど)、あらかじめ予定がわかれば、脳内カレンダーに書きこんで“心の予算”を確保しておける。「今週、電話する時間ある?」と友人にメッセージを送ったあとは、電話を楽しみに待った。
それで、「電話恐怖症」は完治したかって?
ホープ博士の助言に従って、「電話の目的」を思い出そうと努めた。友達は私にとって大切なもので、電話はみんなとの関係を築くための手段なのだ。実際、電話で話したあとはいつも友人との結びつきが強くなったように感じた。
「電話恐怖症が完治した」とは言わない。それでも、少なくともある程度は電話を悪いものではなく良いものだと思うようになった。
前よりも、自分から電話をかけるのが楽に感じる。電話が突然かかってきても前ほど怖くなくなった。ソーシャル・ディスタンシングが続くあいだは、直接会えない友人たちと電話で話せるのが楽しみだ。
とはいえ治療の途中だし、まだ電話をかけてない友達はごめん。近いうち話そう! 電話してね、ちゃんと出るから。
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April 19, 2020 at 04:30AM
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