なぜ日本人は「幽霊」を恐れ、アメリカ人は「悪魔」を恐れるのか。「サーカスのピエロ」や「市松人形」に、そこはかとない恐怖を感じるのはどうしてか。映画『エクソシスト』や、スティーブン・キングの小説は、なぜあれほど怖いのか……。稀代のホラー作家、平山夢明さんの『恐怖の構造』は、人間が恐怖や不安を抱き、それに引き込まれていく心理メカニズムについて徹底考察した一冊。「恐怖の正体」が手に取るようにわかる本書より、その一部をご紹介します。
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「社会的な恐怖」を描いた作品
近年の映画では『ゲット・アウト』(2017年/ジョーダン・ピール監督)がなかなか面白かったですね。コメディアン出身の監督が初めて手がけた『ゲット・アウト』は、三千万ドル以上の興行収入を叩きだすヒット作となりました。ちなみに製作費は四百五十万ドル。およそ六倍も稼いだ事実が、この作品の評価を物語っています。
物語は、主人公の黒人青年が白人ガールフレンドの実家へ一緒に出かけるところからはじまります。彼女の両親や親族は一見したかぎり優しい人たちなんですが、主人公は徐々に「どこかおかしい」と感じはじめるんです。黒人のメイドや召使いも不穏な雰囲気で、どうにも得体の知れない怖さがある。
やがて彼は自分の感じていた違和感の正体、恐るべき秘密を知ってしまって……というのが、おおよそのあらすじです。新しい作品なのでネタバレは避けておきますが、「白人の恐怖」がキーワードになっている点だけはお伝えしておきたいと思います。
アメリカには、「ワスプ」と呼ばれる白人のエリート層が現在もいます。黒人排斥を謳うKKK(クー・クラックス・クラン)と共通する思想をもった連中ですが、彼らは「かつて迫害したネイティブアメリカンや黒人から復讐されるかもしれない」という原罪に近い不安を絶えず抱いています。
彼らの不安はいま、現実のものとなっています。近い将来、白人はアメリカ国内の人口比率において少数派になることが確定しているのです。黒人やヒスパニック、中東系やアジア系など非白人のほうが多くなるんですね。綿飴みたいな髪の大統領は、それを見越して「メキシコとの国境に壁を作る」だの「他宗教の人間を入国させない」だのと人気取りをしているわけです。
彼らが抱く「ほかの人種に主権を奪われるかもしれない」という危惧は、『タクシードライバー』の項で述べた、アイデンティティーの喪失と同種です。自分が自分でなくなるかもしれない、自己存在が阻害されるかもしれないという不安に、彼らはさいなまれているのです。
人間が抱える不安はいつの時代も同じ
しかし、そんな白人の不安は、非白人から見れば「その不安を理由に迫害されるかもしれない恐怖」と裏表の関係にあります。先ほどキーワードにあげた「白人の恐怖」とは「白人への恐怖」と「白人自身が抱く恐怖」という、ふたつの意味がこめられているのです。
つまり『ゲット・アウト』は、双方の立場から発生した不安が複雑に絡まりあっている、きわめて社会的な恐怖を描いた作品なんです。この映画が怖いのは、現代の世相を色濃く反映しているからなんですね。
このように、不安や恐怖には「蛇が怖い」のように個人が抱えるものもあれば、社会が内包しているものもあります。そもそも、万人が幸福になる社会というのは存在しません。常に誰かが不安を抱くいっぽうで、「不安の矛先がいずれ自分に向くのでは」と、別な立場の人間が怯え続けています。
先に述べたとおり、『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』が公開された時期は、共産主義に対する恐怖がアメリカに蔓延していました。「ニコニコしているけど、実はこいつも共産党員なのではないか」という不安の陰では、「自分が冤罪で密告されるかもしれない」不安も同時に広がっていたんです。時代は変わっても、人間が抱える不安は普遍的なのかもしれません。
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July 08, 2020 at 02:04PM
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低予算映画『ゲット・アウト』ヒットの理由は「白人の恐怖」を描いているから|恐怖の構造|平山夢明 - gentosha.jp
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