◇ブラピも皮肉るスピード評決
2月5日の米上院の弾劾裁判の評決で、トランプ大統領は有罪48対無罪52で弾劾罷免を回避した。大統領を有罪にするためには100人の上院議員の3分の2の賛成が必要であり、もともと有罪となる可能性は低かった。しかしながら、トランプ大統領を訴追した検察役の民主党に対する共和党側の非協力的な態度は、米国の「不名誉な歴史」の一つとして残る可能性があるだろう。(笹川平和財団上席研究員 渡部恒雄)
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決定打は1月31日、民主党側がボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)らを新たな証人として招致する動議を共和党が否決したことだった。
ニューヨーク・タイムズ紙は、ボルトン氏の回顧録草稿を入手したと報道。その回顧録にはトランプ氏が、民主党の大統領候補の一人であるバイデン元副大統領の親子に不利な情報をウクライナ政府から引き出すため、ボルトン氏に協力を求めた事実が記されていると伝えていた。
証人となることに前向きな意向を示していたボルトン氏の証言次第では、弾劾裁判の流れは大きく変わった可能性がある。
この動議に対する共和党からの造反票は、かつてトランプ大統領を批判して確執があったミット・ロムニー上院議員(ユタ州選出)とリベラルなメーン州から選出されているスーザン・コリンズ上院議員の2人だけだった。
弾劾の可否を問う2月5日の最終の評決では、民主党は全員有罪に投票したが、共和党からはロムニー議員だけの造反にとどまり、トランプ氏は無罪となった。
客観的に見れば、今回の弾劾裁判でのトランプ氏の無罪評決は審議を尽くしたものとは言えず、むしろ共和党上院が政治的打算により「臭いものにふたをした」という印象が強い。共和党側はボルトン氏だけでなく、民主党からの証人招致や証拠提出の要求を多数の投票により徹底的に阻んだ。トランプ氏の無罪評決は上院共和党の「功績」と言える。
この共和党主導のスピード弾劾裁判への皮肉は、2月9日、世界が注目するアカデミー賞のスピーチでも飛び出した。自身初のアカデミー賞となる助演男優賞を受賞した世界的スターのブラッド・ピット氏はスピーチで「ありがとう。本当にすごいことです。最高の栄誉に感謝します。(スピーチ時間は)45秒しかないと言われました。上院が今週ジョン・ボルトンに与えた時間よりは長い時間ですが」とジョークを飛ばした。
トランプ大統領はこれを聞き逃さず、2月20日、支援者集会での演説で今年のアカデミー賞を酷評した。米国が貿易赤字を抱えている韓国の映画「パラサイト」の作品賞などを受賞したことに加え、「今年はブラッド・ピットも賞をもらったが、私は彼の熱烈なファンではない。彼は立ち上がって偉そうなことを言った」と批判を忘れなかった。
◇批判者への執念深い攻撃
実は、このトランプ氏の発言に、彼が弾劾で無罪を勝ち取ることができた重要な資質が見られる。それは、政治家でもないブラッド・ピット氏の発言を10日以上過ぎても執念深く覚えていて、公衆の面前で批判する精神状態と行動である。これに対する共和党上院議員の「恐れ」(fear)こそが、今回のスピード弾劾裁判での無罪判決に向けた共和党議員団結の原動力になったと考えられる。
このことは、他のすべての民主党議員とともにトランプ大統領に有罪の投票をしたシャロッド・ブラウン上院議員(オハイオ州選出)の2月5日付ニューヨーク・タイムズへの寄稿「共和党議員は恐怖に駆られてトランプ氏に無罪投票をしたことを私的会話では認めている」に語られている。
ブラウン氏は、米国の上院ではこれまでも恐怖が投票を支配してきたと述べる。
2003年のイラク戦争開戦に反対票を投じた民主党のパティ・マレー上院議員が当時を振り返り、自分だけが反対することへの恐怖が上院を支配していたと回想しているのを引き合いに、今回、共和党上院議員にも同じ恐怖があったとブラウン氏は指摘する。
2016年大統領予備選で、トランプ氏からジェブ・ブッシュ候補が「低エネルギー」ジェブ、テッド・クルーズ候補も「うそつき」テッドとやゆされたように、今回も共和党議員らはニックネームを付けられてツイッターで執拗(しつよう)に攻撃されることを恐れたのだという。
共和党議員にとって最悪のケースは、次の選挙で自分の対立候補の応援にトランプ氏が入ることである。議員らは「親トランプのFOXニュースが自分を攻撃するのでは?」「保守派ラジオパーソナリティーが自分を執拗(しつよう)に批判するのでは?」「批判のツイッターが支持者の中を駆け巡り、見放されるのでは?」といった不安にさいなまれていたのだとブラウン氏は分析する。
ブラウン氏は、弾劾裁判の最中に、何人かの共和党の同僚議員に対して「もし上院が無罪評決をしたならば、大統領がさらにひどい問題を引き起こすことをどうやって防ぐのか?」と問いただしたが、その反応は、肩をすくめ、おどおどした態度を示すだけだったようだ。
◇「金曜日の夜の虐殺」
筆者は、ブラウン氏の記事を読んだ時点では、その文章にかなりの政治的な誇張があるように感じた。しかし、上述のブラッド・ピット氏への批判に至るまでの無罪評決後のトランプ大統領の強権的な動きを見るにつけて、その「恐怖」の本質がじわじわと実感されることになった。
トランプ大統領は評決後の2月8日、弾劾裁判前の下院の弾劾調査で証人に立ったソンドランド駐欧州連合(EU)大使と、ホワイトハウスの国家安全保障会議スタッフだったビンドマン陸軍中佐を解任した。トランプ大統領は弾劾に協力しないように指示しており、自らの指示に背いた罰則のつもりなのだろう。
しかし彼らは、民主党が過半数を占める下院からの召喚に応じて証言しただけであり、法的にも道義的にも問題はない。彼らはトランプ氏に決定的に不利となる証言をしたわけでもない。
この二つの解任劇は、ウォーターゲート事件で当時のニクソン大統領が特別検察官を解任するために司法長官と司法副長官を立て続けに罷免した1973年の「土曜日の夜の虐殺」をもじり、「金曜日の夜の虐殺」とやゆされている。
ただし、ニクソンの「虐殺」はあくまでも自身を弾劾から守るための行為であったが、トランプの「虐殺」は自身が無罪になってから自身の復讐(ふくしゅう)心を満たすための仕返しであった。
実際、一部の共和党の上院議員はこの解任劇を止めようとした。弾劾評決でスーザン・コリンズ上院議員は「大統領は今回のことでかなり大きな教訓を学んだと思う」として無罪票を投じていた。しかしトランプ氏の「虐殺」によりコリンズ議員の面目はつぶされた。リベラルな支持者が多いメーン州を支持基盤に持つ彼女は、これにより次の再選が危ぶまれるほどである。
遅ればせながらトランプ氏の無罪評決後の「暴走」を懸念した上院は2月13日、議会承認なしの大統領のイランへの軍事行動を制限する決議を共和党8人の造反により可決させた。先のコリンズ上院議員はその8人のうちの1人で、「政権をどの政党が握ろうと、戦争行為に関する立法府の権限を取り戻す必要がある」と発言している。
◇身内の司法長官も苦言
このように、トランプ氏は、自らの無罪に最大限の協力をした共和党上院に対しても遠慮はなかった。身内の閣僚にも同様だった。
2月11日、大統領の友人で選挙陣営に参加していたロジャ・ストーン氏に対し、検察が議会の調査を妨害した罪などで最大9年の禁錮刑を求刑したが、トランプ氏はツイッターで「不公平だ」と発信し、司法省が求刑を取り消す異例の事態となった。その直後、担当の4人の検察官が担当を離れ、そのうち1人は連邦検察官も辞職した。
民主党のチャック・シューマー上院院内総務は「大統領は司法省全体を、自分の敵を訴追し友人を救うための個人的な訴訟機関だと思っているのではないか」と批判した。2月13日には身内のバー司法長官も「ツイッターを控えるべきだ。仕事ができなくなる」と苦言を呈した。バー長官はトランプ氏への「ロシア疑惑」を葬った「功労者」である。
2月20日、トランプ大統領はラスベガスでの演説で、ストーン氏は無罪になる可能性があると発言し、連邦地裁にさらに圧力をかけた。同日、連邦地裁はストーン被告に対し、禁錮3年4月の量刑を言い渡した。当初の求刑の半分だった。
トランプ大統領の熱烈な支持者は、弾劾裁判の無罪を受けて一層支持を固めているが、民主党支持者はトランプの暴走をますます恐れている。それはバー司法長官をはじめとする多くの政府官僚も同様だ。筆者が2月にワシントンDCを訪れて面談した共和党系の元政府職員は、トランプ氏が再選されれば、さらに多くの政権スタッフが職を辞し、トランプ政権の政策はますます混乱するだろうと予測している。(2020年2月28日掲載)
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渡部恒雄(わたなべ・つねお) 笹川平和財団上席研究員、米戦略国際問題研究所(CSIS)非常勤研究員。1963年福島県生まれ。88年東北大学卒。95年ニューヨークのニュースクール大学で政治学修士課程修了。95年CSIS入所。客員研究員、研究員、上級研究員などを経て2005年4月より非常勤研究員。東京財団上席研究員、笹川平和財団特任研究員を経て、17年10月より現職。近著に『大国の暴走 「米・中・露」三帝国はなぜ世界を脅かすのか』(共著、講談社)。
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March 01, 2020 at 03:00PM
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【地球コラム】共和党議員を支配する「恐怖」~トランプ弾劾無罪の背後に~ - 時事通信
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